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100719 原理講論40 [原理講論]

天基1年 天暦6月8日

一つの父母のもとにある同じ子孫として、
同一の喜怒哀楽の感情をもっていながら、
これを表現する言語が異なるために、
互いに通じあうことができないということほど
不幸なことはないであろう。

それゆえに、再臨の主を父母として頂く、
一つの大家族による理想世界がつくられるとするならば、
当然言語は統一されなければならないのである。

後編 第六章 再臨論 より


人類は堕落によって、闘争、分裂を繰り返し
多種多様な言語、民族に分かれてしまいました。

再臨のメシヤによってそれらが一つに収集されて行くことが、
本来の姿である平和な世界、神様の下の人類一家族世界の
実現ということなのです。

詳しい内容は統一原理セミナーにて。


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100718 原理講論39 [原理講論]

天基1年 天暦6月7日

サタンが人間を主管するようになってから、
人間は神と対立するようになったので、
神は子女を失った父母の心情をもって
悲しまれながら悪逆無道の彼らを救おうとして、
罪悪世界をさまよわれたのであった。

後編 第六章 再臨論 より


実に、これが人類救済の摂理を導いて来られた
神様の真実の姿だったのですね。

神様は栄光の神様ではなく、その本当の姿を
誰も知ることのない「孤独な神様」だったのです。


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100717 原理講論38 [原理講論]

天基1年 天暦6月6日(安侍日)

今まで地上において霊肉共に完成し、
無形、有形二つの世界を主管することによって、
それらを一つに和動し得た人間は、一人もいなかったのである。
したがって、このような基準の完成実体として再臨されるイエスは、
霊体であってはならないのである。

彼が再臨されても、初臨のときと同様、地上天国をつくられ、
そこで全人類の真の親となられ、また王とならなければならないのである。

後編 第六章 再臨論 より


原理講論も最終章を読んでいます。
昨日に引き続き、イエスの再臨が、地上に肉身を持った
一人の人間として為される理由が詳しく説明されています。

詳細は統一原理セミナーにて。


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100716 原理講論37 [原理講論]

天基1年 天暦6月5日

イエスが再臨されるときには、彼は地上で誕生されるので、
黙示録一二章5節に、「女は男の子を産んだが、
彼は鉄のつえをもってすべての国民を治めるべき者である。
この子は、神のみもとに、その御座のところに、
引き上げられた」と記録されているのである。

ここで言っている鉄の杖とは、罪悪世界を審判して、
地上天国を復帰する神のみ言を意味する。

後編 第六章 再臨論 より


神様のみ旨 = イエスの再臨とその救援摂理、地上天国実現は
すべて現代において「具体的」になされるということが重要なのですね。

原理講論に書かれている一連の歴史上の出来事や教訓は
今日の私たちの生活においても繰り返されていくものなのだと、
改めて思うのでした。


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100715 原理講論36 [原理講論]

天基1年 天暦6月4日

サタンは歴史の終末をよく知っているので自分が滅亡することもよく知っている。

したがって、結局はサタン自身も尊ばれないときが必ずくることを想定していながら、
自分の犠牲を覚悟して神を否定したのがすなわち弁証法的唯物論なのである。

ゆえに、民主主義世界でその理論を屈伏させる真理を出さない限り、
天の側はいつまでもサタンの理論的な攻勢を免れる道がないのである。

後編 第五章 メシヤ再降臨準備時代 第四節 世界大戦 より


神様つまり霊的存在を否定するということは、サタン自らも否定することになるわけです。
そのようにして確立された唯物論を克服することができる「新しい真理」を持って、
共産主義社会をも克服し、神様の下の人類一家族世界を実現するというのが、
神様の「み旨」なのです。


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100714 原理講論35 [原理講論]

天基1年 天暦6月3日

戦争は、いつでも政治、経済、思想などが原因となって起こるようになる。
しかし、このようなことはあくまでも外的な原因にすぎないのであって、
そこには必ず内的な原因があるということを知らなければならない。
これはあたかも人間の行動に内外両面の原因があるのと同様である。

後編 第五章 メシヤ再降臨準備時代 第四節 世界大戦 より


人類歴史の終末期に、かつてない大規模な世界戦争が続けて起こった背景には、
外的原因としては政治、経済、思想の衝突があったのですが、

さらに奥深くには内的な原因として、世界を一つにするための
神様の「み旨」があったと考えられるのです。


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100713 原理講論34 [原理講論]

天基1年 天暦6月2日

理想社会の経済機構も、完成された人体の構造と
同様でなければならないのであるから、
前にも述べたとおり、生産と分配と消費は、
人体における胃腸と心臓と肺臓のように、
有機的な授受の関係をもたなければならない。

後編 第五章 メシヤ再降臨準備時代 より


神様が造った人体の構造は、頭脳からの命令伝達システムや
臓器の組織形態が、きわめて優れたものとなっています。

政治も経済活動も、一人の人間の体の構造に倣った、
無駄がなく、平等で、効率の良い理想的な運用システムが
存在するのです。

それは共生共栄共義主義社会と呼ばれ、
神様の理想の社会形態として提唱されています。


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100712 原理講論33 [原理講論]

天基1年 天暦6月1日

復帰摂理は、長い歴史の期間を通じて、個人から世界に至るまで
カインとアベルの二つの型の分立摂理によって成し遂げられてきた。
したがって、歴史の終末においても、この堕落世界は、
カイン型の共産主義世界と、アベル型の民主主義世界に分立されるのである。

後編 第五章 メシヤ再降臨準備時代 より


個人から世界まで、カインとアベル「二つの型に分けられる」ことが大事です。
分立するところから、天の摂理が出発するのです。

詳しいお話は、統一原理セミナーにて。


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100711 原理講論32 [原理講論]

天基1年 天暦5月30日

人間は、本心と邪心との執拗なる闘いの中で、悪を退け、
善に従おうとして不断に努力をしている。

堕落した人間にも、このように善を指向する本心の作用があるので、
人間は、神の復帰摂理に対応して、善の目的を成就していくようになっている。

闘争や戦争は、善の目的を達成するために善と悪とを分立してきた
一つの過程的な現象でもあるという事実を、我々は知らなければならない。

我々は人類歴史が、神の復帰摂理によって、絶えず善と悪との分立を繰り返しながら
善を指向して発展してきたという事実を知ることができるのである。

後編 第四章 摂理的同時性から見た復帰摂理時代と復帰摂理延長時代 より


私たちの心がそうであるように、神様を中心としない社会は、
分裂して闘争するようになっているのですね。
世の中から戦争がなくならない理由が、ここではっきりとわかりました。


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100710 原理講論31 [原理講論]

天基1年 天暦5月29日

交通および通信の飛躍的な発達によって、
東西(世界)の距離は極度に短縮され、
また、言語と文化とが世界的に交流しあい、
メシヤ再降臨のための思潮が、自由にかつ迅速に、
全人類の胸底に流れこむことができるように、
既に、その平面的版図が完全に造成されているのである。

後編 第四章 摂理的同時性から見た復帰摂理時代と復帰摂理延長時代 より


民主主義社会においては、メシヤが再降臨されても
十字架刑になるようなことはないでしょう。

現代社会は倫理、思想、科学において十二分に成熟しております。

更にインターネットの普及によって、神のメッセージが瞬間的に
全世界に伝播されるようになりました。

世界がメシヤを受け入れられるように、
すでに神様によって用意されているのだと考えられます。


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100709 原理講論30 [原理講論]

天基1年 天暦5月28日(安侍日)

旧約時代のアブラハムの血統的な子孫を第一イスラエルというならば、
新約時代のキリスト教信徒たちは、第二イスラエルとなるのである。

後編 第四章 摂理的同時性から見た復帰摂理時代と復帰摂理延長時代 より


アブラハムからイエスまでの2000年と
イエスから再臨主を迎えるまでの2000年の
歴史の流れが同じように動いているというのです。

数理性の神様なので、数字を追っていくと
いろいろな事がわかります。
12、21、40などの数字が重要になっています。

詳しいお話は、統一原理セミナーにて。


ちなみに私は旭川で伝道されたのですが、
霊の親(私を伝道した人)に出会ってから21日目に、
はじめて神様の「みことば」を聴きました。
更にその日から210日後に教会に入教しました。
遅い速いは別にしてw 
偶然ではないと思うのですが、いかがでしょう。


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100708-2 原理講論29 [原理講論]

天基1年 天暦5月27日

復帰摂理の歴史路程において、この基台を復帰するために
立てられた四十数蕩減期間の例を挙げれば、
ノアのとき、箱舟がアララテの山にとどまったのち、
鳩を放つまでの四十日期間、モーセのパロ宮中四十年、
ミデヤン荒野四十年、民族的カナン復帰の荒野四十年などがそれである。

後編 第三章 摂理歴史の各時代とその年数の形成
第二節 復帰基台摂理時代の代数とその年数の形成 より


40という数字がいっぱい出てきますね。
これらはすべて偶然ではなく、
歴史を導くある法則のゆえなのです。

詳しいお話は、統一原理セミナーにて。


ちなみにこの原理講論の記事も40回を予定しています。


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100707 原理講論28 [原理講論]

天基1年 天暦5月26日

同時性とは、何であろうか。人類歴史の過程を調べてみれば、
たとえその程度と範囲の差はあっても、
過去のある時代に起こったこととほとんど同じ型の歴史過程が、
その後の時代において反復されている、
という事実が、多く発見されるのである。

そのような時代を摂理的同時性の時代というのである。

後編 第三章 摂理歴史の各時代とその年数の形成 第一節 摂理的同時性の時代 より


原理講論はここから先、イエス以降、今日に至るまでの
歴史の変遷が書かれています。

「同時性」という視点で各時代の様相を比較してみた時に
「おお」と唸らされるものがありましたね。

詳しいお話は、統一原理セミナーにて。


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100706 原理講論27 [原理講論]

天基1年 天暦5月25日

イエスと聖霊とが、人類の真の父母として、
このように堕落人間を接がせ、原罪を脱がしめることにより、
神との創造本然の血統的因縁を結ばしめる摂理を、重生というのである。

それゆえに、イエスは、野生のオリーブである堕落人間を接がせるために、
善いオリーブとして来られた方であるということを、我々は知らなければならない。

後編 第二章 モーセとイエスを中心とする復帰摂理


イエス様は、最初から十字架に架かることが
運命付けられていたわけではありません。
全人類が神様の血統に生まれ変わるために
必要なお方だったのですね。

何故、野生のオリーブが善いオリーブに
接木される必要があるのか、原理講論は言わば
その手引書のようになっています。


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今日も皆様に良いことがありますように。


100705 原理講論26 [原理講論]

天基1年 天暦5月24日

元来、人間は、二種類の栄養素によって生きるように創造された。
すなわち、自然界より摂取する栄養素によって肉身を生かし、
神の口から出るみ言によって霊人体を生かすようになっているのである。

ところが堕落人間は、神のみ言を直接受けられなくなってしまったために、
ヨハネ福音書一章14節に記録されているように、
神のみ言が肉身となって地上に来られたイエスのみ言によって、
その霊人体が生きていくようになっているのである。

後編 第二章 モーセとイエスを中心とする復帰摂理


「人はパンだけで生きるものではなく、
神の口から出る一つ一つの言で生きるものである」(マタイ四・4)

神様の「みことば」は私たちの霊的な栄養素なのです。
ご飯を食べて肉体が成長するように、「みことば」によって
「霊人体」が成長するのです。

しかしながら今の時代、私たちが自分の力だけで、
神様の「みことば」=「天のメッセージ」を探し出すのは至難の業です。

だからこうして「みことば」に出会えたことが、感謝であると思います。


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今日もご覧いただき、ありがとうございました。
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